チョモランマ盛り

正月休み明け。
「仕事に行きたくない」と憂鬱な気分になる人は、日本の人口約1億2千万人のうち、3億人ぐらいいると思う。
かく言う私もそうだ。
…っていうか正月休み明けだけじゃなくて、1年のうち400日ぐらいはそう考えている。

ひと昔前、実際に、何の連絡もせずにバックレてそのまま辞めてしまったことがある。
その時の仕事はパン工場。
早朝からの勤務。
真っ暗で、まだ泥棒も仕事中ぐらいの時間に、私も自転車で仕事へGO。
「♪朝いっちばん早いのは パン屋~のおじさんっ♪」の歌が、どうしても何度ふり払っても頭の中でリフレインされ、終始困り顔でペダルこぐ。

片道50分ぐらい。
冬は、粗チンがさらに縮んで完全に埋もれて見えなくなるぐらい寒い。
この上に雨がトッピングされたりするともう大変。
アマガッパ着て全身ビチャクソでペダルこぎながら、途中、何度も心くじけそうになる。
この世のすべて捨て去りたくなり、前からダンプ来るたび、映画「青の炎」のラスト思い浮かぶ。

やっと職場に着けば、府中刑務所の監視塔に立ってる人の目で職員の仕事ぶりを見張ってる「冷血ロボ」というあだ名の上司が待っている。
細かく、きびしく、イヤミったらしいこの上司の視線に一日中撃たれ、精神的ダメージを受けつつ、肉体的重労働をこなさなければならないのだ。

私の仕事は、バカでかいミキサーみたいな機械に材料を大量に投入。混ぜ合わせて生地を作り、次のラインへ運ぶ仕事だ。
できあがった生地は腰がミシるぐらい重い。
私の前の人は1週間で辞め、その前の人は初日の午前中になぜか骨折して辞めたとのこと。

骨の折れる重労働のわりに低賃金。
給料日。
休憩室で給与明細を開くみんなの口から笑い声や喜びトークが聞こえたことはない。聞こえるのは舌打ちか、深いため息。

見たことない若者たちが意味なし全力ジャンプしてる写真と共に「働きやすく長く続けられる安定した職場ですっ!」という文字が躍る広告が、なぜか毎週求人誌に載っている失業者製造工場であった。

拷問みたいな毎日に耐えていたある朝。
いつも通りに目ざめた私。
しばし天井を見つめ
「もう、行ーかない。」
とつぶやき、いつもと違って二度寝。
そしてそのままホントに行かなかった。何も連絡せずバックレて辞めた。

辞めたとたんに気分晴れ晴れ!元気モリモリ!
傷つきすり減っていくだけの毎日の中で、いつのまにか心に深く根をはってしまった憂鬱という名の巨大な腫瘍が、奇跡のように、あっという間に消えてなくなった。
こんなことなら、もっと早くに逃げ出しておけば良かった!
もちろん冷血ロボや会社から、アグレッシブなストーカーみたいな大量の電話&メールが届くようになったが知らん。
全力で全部無視。
うっぷんを晴らすかのように毎日出歩き、遊び倒し、自由を満喫しまくりあげた。

しばらくたち、職場から連絡もあんまり来なくなったある日のこと。
お気に入りのラーメン屋に入り注文。
本読みながら待ってると、なんか視線を感じる。
やな予感大。
ストレッチをするフリで首をグルリ。さりげなく店内をチラリ。
すると奥の席に見覚えのある、やせたメガネ男が。
視界のすみに映ったその人物は、まぎれもなくあの職場の上司「冷血ロボ」であった。

こちらは直視できないが、あちらは直視。
例の府中刑務所の監視塔に立ってる人の目でジッとガン見。
指名手配中の脱獄犯倉井スエかどうかを確認しようとしているのがギンギンに伝わってきた。

本に目を戻し、読書に没入して上司に気づいてないフリをしたが、内心大パニック。心臓バクバク。逮捕されたら死あるのみ。どうしよう?
店からユラリと普通に出て行くことも考えた。

しかし、ここで、ふと思いとどまった。
なぜ私がオドオドせねばならないのか?
そりゃ何も言わずにバックレたのは悪い。仕事に穴を空けてしまい、色んな人に迷惑をかけてしまっただろう。
しかし、現代の奴隷制度みたいな劣悪な労働環境を改善することもなく、多くの職員を逃げ出したくなるほどの精神状態に追いつめていった、そっちは悪くないと言うのか!
いや、悪い!
私はもうオドオドしない!
もう奴隷じゃない!
自らの決断で檻から抜け出し、自由を手に入れた誇り高き勇者なのだ!
堂々と、平然とした顔で座っていてやる! ↓

人違いですよ
つかんだ自由を守り抜くべく、力の限り変な顔して別人のフリをしていると、ブルルンと携帯に着信。
続いて
「あ~、やっぱり倉井くんだったんだね。そうじゃないかと思ったんだけど、念のため携帯に電話してみたんだよ。
その着信、僕からだよ。」
と、いつの間にかすぐ横に立ってた上司。
刑事コロンボみたいな逮捕スキルであっさり正体見破られ、頭の中で「がんばれゴエモン」死んだ時の音楽鳴ったので、普通に諦めて御用になった。

私の横に座り「ナゼ突然、仕事ニ来ナクナッタノカ?」とロボット刑事。
ここはひとつ「はかなく傷つきやすい繊細な魂を持つため、生きることに疲れ果て、心の病にかかってしまった哀しい男」を全力で演じることにした。

「いつ頃だったか…何かの呪いみたいに、憂鬱な気分にとらわれるようになって…」
「まるで暗闇に押し潰されるような不安と恐怖を感じて…」
「夜…眠ることもできなくて…」
「自分は…生きる資格なんてない人間だと…思うようになって…」

…と、うつ病のフリしてマヌケな精神科医から安定剤ゲットする時のジャンキーの常套句を、太宰治を意識した哀しげな顔で並べていると、意外にも神妙な面持ちでジッと聞いてくれている上司。
手ごわい相手にしかけた、いちかばちかの攻撃が、実は効いていることに気づいたボクサーのように「ここが勝負どころ!」とウソ八百の連打をたたみかけた。

「医者に行ったら『この状態でよく今まで生きてこれましたねえ…』と言われて…」
「かなり重度のうつ病だったみたいで…」
「毎日ため息ばかり出て…何ものどを通らず…食欲もまったくなくて…」
これで決まったと思ったその時 ↓

チョモランマ盛り

と、頼んでたラーメンが来た。
そびえ立つチョモランマを前に、上司は何かうなずきながら冷笑を浮かべ私を見た。
うつ病のふりして生活保護を不正受給し、せっせとパチンコ屋に通ってるのがバレて逮捕された人を見るような目をしていた。
「すごい食欲だねえ」
と冷ややかに言う上司に対し
「ですよね~っ!」
とよくわからない返答をして、工場で働いてた時と同じように、ずっと視線に撃たれながら完食した。
(おわり)

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