職場にて

暑い!夏が!
つらい!仕事が!

 

私の職場は休憩時間がない。
普通の会社だと労働基準法に従って、お昼などに1時間ぐらい、休憩があるはずだ。
あるべきだ。
だって法律だもの。
それがまったくないのである。
出る所に出たら、ステキな一悶着が起きそうなブラック……に限りなく近いコーヒーのような、ほろ苦い職場。

 

私の担当は主に「エリア内にあるプロダクトをリストに従ってピッキングしていく」という作業。
つまり「だるい荷集め」だ。
地下の強制労働施設に送り込まれたカイジみたいに、休憩なしで働きっぱなし。
最短でも11時間。
残業になることも多い。
出荷時刻が決まっているため、常に時間に追われている。
バタバタと動き回りながら、ちょっと飲み物を口にしたり、フリスクをガリリとカジったりするぐらいで、シッカリした食事はとれない。
お腹と背中がくっつくぞ!っていうぐらい腹が減る。

 

休みは週に1日だけ。
各自、曜日が決まっており、カレンダー上の土日、祝日は関係なし。
もちろん、年末年始、お盆休みなどもいっさいない。
そして給料はペリカ払い……じゃないだけまだ良かった。

 

そんな生活であるから、当然、趣味に費やす時間が、なかなか作れない。
やっぱり気になる宮崎駿監督の「風立ちぬ」!
まだ観れてない!
このままでは「風立ちぬ、今は秋」になってしまい、公開が終わってしまう!
私のように、永井豪先生のロボットものに夢中になった世代には、この夏の必須課題であろう「パシフィック・リム」!
まだ観れてない!
このままでは、DVD待ちになってしまい、まちがえて便乗トホホ映画「アトランティック・リム」とかを借りてしまう!
5月の発売日当日に、ヒーホー!と喜び勇んで購入した、ニンテンドー3DS用ソフト「女神転生Ⅳ」!
まだクリアできていない!
このままでは、人生の中でクリアできるゲームの本数が逆算できてしまうホ!こりゃ恐ろしいホ!

 

先日のこと。
私はいつものように、タイムアップ前のマリオみたいに時間に追われて忙しく働いていた。
しかし、明日は休み。
待ちに待った、週に1度だけのパラダイス。
明日こそは早起きして「風立ちぬ」と「パシフィック・リム」をハシゴ!
勝手に「駿&デルトロ祭り」を開催!ワッショイ!
そして、その後は買い物!
物欲の権化と化して、本屋、ゲームショップ、家電量販店などをウヘヘと練り歩くのだ!
そして、その後は、家に帰ってゲーム!
ハードディスクに撮りためたテレビ番組見ながら、YouTube見ながら、「進撃の巨人」の最新巻読みながら、ファミ通読みながら、カラムーチョ食べながら、カルピスソーダ飲みながら、ニンテンドー3DSで「女神転生Ⅳ」を心ゆくまでプレイ!
この世の悦楽のすべてをムサボリ尽くすのだ!
オレサマ、オマエ、マルカジリ!

 

それを思えば、たった今日1日!あと少し!がんばれる!
なるべく早く仕事を終わらせて職場にサラバ!
明日のためにスタンバイ!
ナンビトたりとも、今のワシを止められん!と、スピードアップ取り過ぎたビッグバイパーみたいに素早く動きまくる私。

 

その時。
視界のスミに入ってきたのは、職場のちょいコワ上司。
ギクリと、かすかに不安がよぎる。
上司はヒタヒタと近づいてきて、私の前に立ち、こう言った。
「倉井さん、追加の注文が入ったから、2時ぐらいまで残って出荷しておいて。それと明日も忙しいんで、今週は休み飛ばしてもらえる?」
ビッグバイパー止まる。
あまりのショックに思わず硬直。
明日、開催予定の夏フェスを、根こそぎ吹き飛ばす「夜中の2時まで残業&休日なし」のダブルタイフーン!
ちょいコワ上司の語気には、有無を言わせぬ響きがこもっている。
「残業や休日出勤なんて、当たり前でしょ。別に珍しくもない」という感じだ。

 

しかし、ここで圧倒されてはならない。
自分は何でも会社の言いなりになる社蓄ではない!
気持ちを強く持つべし!と深呼吸。上司に向き直り、
「自分にも、予定っていうものが入ってる時もあるんです。
いくらなんでも、そういう風に、残業や休日出勤が当然みたいな言い方はどうでしょうか?
だいたい、休憩がないっていうだけでも、かなり変だと思うんですよ。
僕だけじゃない。みんな疲れて、いい加減イライラしてますよ。
忙しいなら、人を募集するとか、上の方が対策をとるべきではないでしょうか?
こんなんじゃあ、みんなついていきませんよッ!そのへんどう思ってます!?どうなんだ!!」
とはもちろん言えず
「ハイッ!了解ッス!」
と、パイセンに「うまい棒買って来い」と言われたパシリのヤンキーみたいになってしまった。
さらに
「余裕っすよ~!どうせ気楽な独りモンっすから!アハハハ!」
と、オベンチャラの特別付録もつける始末。

 

「NO!」と言えずに、何かを引き受けてしまった時。
その場ではニコニコしていても、実は不満やストレスが心の底でマグマのように鬱積している。
そして、結局は、押さえつけたイライラがだんだんと噴き出してくるものである。
追加された仕事をしながら、私もイライラしていた。
出荷する荷物の量もハンパない。
これでは、夜中の2時に終わるかどうかも怪しい。
しかも、明日も出勤なのだ。
映画ざんまい、そしてニンテンドー3DSざんまいのはずだった休日が…
ムカムカは当然、ちょいコワ上司へ。
クソ!しんどい仕事を押し付けて、自分はクーラーの効いた事務所でノホホンと書類整理か!クソ!書類の記入間違えやがれ!
大問題になって怒られて、訂正にアタフタして、Tゾーン油まみれでテカテカになりやがれ!…と駅で時々見かける人みたいに1人でブツブツ言いながらフクレッ面で荷物を集めていた。

 

すると前方から「ズダーン、ズダーン」という大きな音が。
何だろうと思って見ると、そこには、何枚ものパレットに、天にも届け!と高く積まれた大量の「おでん用こんにゃくの箱」の山。
当社の人気商品。
しかし、1箱20キロぐらいあるため、出荷する職場の人間には、不人気ナンバー1商品。
誰かがそれを、何百、いや、パレットの枚数からして何千個になるだろう。ズダーン、ズダーンと積んでいる音だったのである。
「真夏だというのに、いったい誰がこんなに大量のおでん用のこんにゃくを食べるのだろう?」と不思議に思わざるをえない、凄まじい量である。
サウザーの聖帝十字稜でも作ってるのかと思った。

 

この仕事を頼まれた人は、さぞ大変であろうな…と気の毒に思い、陵墓の影からヒョイとのぞいてみた。
目を見はった。
驚いた。
この過酷な労働に従事している人物。
それは、先ほどの「ちょいコワ上司」その人であった。

 

上司は、私よりずっと年上。
確か50代なかばである。
体格も小柄で、失礼ながら、とても体力があるようには見えない。
その人が、誰もが敬遠する大変な肉体労働を、嫌な顔ひとつせず、自ら、淡々と黙々と続けているのである。
そういえば上司には、奥様と、まだ小さなお子様がいらっしゃると聞いた。
私のような、孤独だが気楽な独り者とは違い、背負っているモノがあるのだろう。
会社を潤す大量の出荷も、私などはウンザリするだけだが、上司には大変だが喜ばしいことなのだろう。
会社の存続、仕事の安定が、ご自身の家族を守ることになるのだから。
先ほど私に「残業&休日出勤」を当然のように持ちかけたのもわかる。
「男は家族のため、自分を犠牲にして働くのが当然だ」という価値観をお持ちなのだろう。
そして、それはとても美しいことだ。

 

自分を恥じた。
社会人にとって1日11時間以上の労働や、残業、休日出勤など、別に珍しくもない。
フクレッ面になるようなことではない。
しかも、ヘソを曲げたのは、「え~!DSやろうと思ってたのにぃ~!」という、いい歳こいてチビッ子のような理由。
自分を恥じた。
そして「上司がクーラーにあたってノンビリしている」などと思い込んでいたことを、心の中で謝罪した。
上司が今やっている、果てしない重労働に比べれば、自分の仕事など、何てことはない。

 

先ほどまで胸の底で鬱積していた不満のマグマは、その熱を失いおだやかな土に変わった。
代わりに沸きあがってきたのは、仕事への情熱。
上司が荷物を積んでいく「ズダーン、ズダーン」という音は、燃えるハートを鼓舞するドラムだ。
上司の、いや、戦士の背中に向かって
「自分も、与えられた仕事を責任を持ってやり遂げます!」
と黙礼。
おのれの戦場におもむくべく一歩踏み出した時、ひときわ大きく「ズッダァーン!!!」という音をさせて上司はこう言った。↓

 

真夏のおでんコンニャクの山と上司

(おわり)