猫ブームにモノ申す!

まだ半ズボン&ハミチンが正装だった小学校の低学年のころ。
近所に住む長野くん(仮名)に
「週末に家族で旅行に行く。その間、キリギリスをあずかってほしい。」
と頼まれた。
虫のことだけに無視はできない!
「キリギリスのことは安心してワシに任せんさい。」
と、特に何の根拠もなく自信満々で承諾。

 

あずかった小さな虫カゴの中には、立派な一匹のキリギリス。
ジッと動かず、長い触覚だけをわずかにユラユラさせている。
見ていると何だか、かわいそうになってきた。
こんなせまいオリの中にムリヤリ閉じこめられ、飛び跳ねることもできない。
その鳴き声はきっと、悲しみの歌なのだ。

 

私は、ボロい我が家のせまい庭の一角に、ブロックやトタン、バケツなどをグルリと並べ、キリギリスが跳び越えられない高さに積み上げた。
子供が5、6人は立てるぐらいの、ちょっとした箱庭の完成だ。

 

私は虫カゴの中のキリギリスに向かって
「ごめんよ…
誰も君を、閉じこめる権利なんかない。君のそのたくましい脚は、オリの底にへばりつくためにあるんじゃない。
君のその声は、囚われた悲しみを歌うためにあるんじゃない。
君が産まれてきた大いなる緑の中を自由に跳び、人はけっして知ることのない世界の秘密を月夜に歌うためにあるんだ。

でも、ごめんよ…
友だちにあずかった責任があるから、君を自然の中へ逃がしてあげるワケにはいかない…

だからせめて今は、この箱庭の中で自由に遊んでおくれ。
君の故郷に比べたらちっぽけだけど、せまい虫カゴの中よりは少しはマシだろう…?さあ…」
…と、傷ついたウシアブを優しく空に導く時のナウシカの顔で話しかけた。
そして箱庭の中へ、囚われの小さな緑色の吟遊詩人を解き放った。
その時!
私の足下から、ササッ!と何かの影が! ↓

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私の家の近辺には、かなりの数のノラ猫が生息しており、町内でも有数の猫密度の高さであることをスッカリ忘れていた。
パキメシャアッ!…というジョジョに出てきそうな絶望的な音が、猫の口元から確かに聞こえた。

 

家からまあまあ遠い山の中で、虫取り網を片手に泣きながら代わりのキリギリスを探したが全然見つからない。
「長野くんはもう旅行から帰ってくる!どうしよう!?」
と、山中に置き去りにされた子供みたいに号泣していると、ビックリ!
足下に今まで見たことのない、奇怪な姿をした一匹の謎の虫がワシャワシャと歩いているのだった。
私はキリギリスのことを一瞬で忘れ「新種を見つけた!」と大興奮!
カゴの中にそのUMAを捕らえ、家へ猛ダッシュ!兄に見せ
「どうするねっ!?政府を呼ぶねっ!?テレビ局を呼ぶねっ!?それともムーねっ!?」
とまくしたてた。
すると兄は冷静に
「オマエ、これは『ナナフシ』じゃ。」
…と新種でも何でもない、図鑑にも普通に載っている、木の枝などに擬態する虫であることを教えてくれた。

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新種の昆虫発見で時代の寵児&衣笠祥雄より有名な広島の星になる野望がショボンしたのと入れ代わりに「キリギリスロス問題」を思い出し、再び胸中にムクムクと暗雲が広がった。

 

しかし、もうどうしようもない。長野くんは帰ってくる。
正直にすべてを話そう…
人間に虫をつかまえる権利などないこと…
少しでも自由を与えたくて箱庭を作ったこと…
そして、その小さな楽園に突如吹き荒れたニャンコ無双のこと…
風のようにすばやい猫のことだけにニャンとも止めようがなかったこと…
ほうじゃ、代わりと言ってはなんじゃけど、この珍しい虫をあげよう。
ワシがつかまえたんよ。長野くん知っとるね?これ『ナナフシ』言うんよ。新種じゃあないんよ…

 

旅行から戻り、あずけたキリギリスを受け取りに来て、代わりにナナフシの入った虫カゴを渡され、上記の話を聞かされた長野くんは
「うわ~!すごい!スエちゃん!こんな虫初めて見たよ!
ホンマにもらってええん?ありがとう!
いや、キリギリスのことは、もうしょうがないよ!」
と、目をキラキラ輝かせて言うはずもなく、無言で帰って行った。当たり前だ。キリギリスの代わりに、風情のある声で鳴くどころか木の枝のフリしてダンマリ決め込むのが必殺技のほっそい変な虫渡されて喜ぶワケあるか。
そして、それ以降、長野くんが私に笑顔を見せてくれることは二度となかったのであった…

 

それから後のこと。
ある日、向かいの家に住むキョウコちゃん(仮名)から
「家族で旅行に行く。手乗りセキセイインコをあずかって欲しい。」
と頼まれた。
キョウコちゃんが好きだった私は
「セキセイインコはワシにまかせんさい。」
と承諾。

 

あずかったカゴの中のインコを見ていると、何だかかわいそうになってきた。この中では飛ぶこともできない。
そして以前、キョウコちゃんがこのインコを肩に止まらせて公園に現れた時のことを思い出した。
驚いて、逃げたりしないのか聞くと
「羽を切っているため、遠くまでは飛べない。ちょっとグルグル飛んですぐにチョコンと肩に止まるんよ。」
と、ムゴかわいいことを言うのであった。

 

しかしナウシカのように小動物を肩に乗せて外を歩くのは、この世に生を受けたすべての人間の夢。
私はカゴの中のインコにむかって
「ごめんよ…
誰も君を、閉じこめる権利なんかない。君のその美しい羽は…(以下略)」 ↓

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旅行から戻ってきたキョウコちゃんに、インコを肩に乗せて外に出たら、しゃがんだ瞬間、ニャンコにパックンチョされたことをすごい正直に話した。
親のカタキを見るようなすごい目で私を見ていた。
それ以降、キョウコちゃんが私に笑顔を向けてくれることは二度となかったのであった…

 

世は空前の猫ブームであると聞く。
確かに猫はイイ。
きゃつらの魅力の前にはムツゴロウさんじゃなくてもメロメロ必至!
猫と書いてKawaii!と読む!ワシもKaitai!
でも猫を飼ってて友だちにキリギリスとかインコをあずかる時は、みなさんちょっと気をつけましょう!
(おわり)