サム、ライ、ミー!

職場に猫がいる。
場所は、建物の裏。自転車置き場のあたり。
数は3匹。
おのおの、寝そべったり、毛づくろいをしたり、丸まって目を細め、ジッと日向ぼっこをしたりしている。
生活に追われ、毎日汗ミドロで、ボロクソのクソミソに働いている私とは対照的。
「のんびり猫ライフ」をポカポカと送っているもよう。

 

ところで、この猫たち、まったく人間になついていない。
自転車通勤の私が、所定の位置に愛車のオンボロを停めようとすると、ゴロゴロしていた3匹とも、飛び上がってメタルスライムみたいに逃げ出す。
警戒した顔つきで、遠巻きにジッとこちらを見ている。
一定の距離を保ち、絶対に近寄ってこない。

 

ある日「あの3匹は、食べ物はどうしているのだろう?」と疑問を感じ、ニボシを持参。
いつも通り自転車を停める私。
いつも通り、はぐれメタルみたいに逃げる3匹。
いまいましげに遠巻きにこちらを見ている彼らの前で、カバンから、ニボシの袋をガサリと取り出す。
その瞬間。
3匹の様子がガラリと変わった。
ハッとした顔で、視線は私の右手のニボシに釘付け。
いっせいにニャーニャー!と鳴きわめきながら、狂ったようにグルグルと走り回り始めたのである。
物静かなオフィス裏は、今や、飢えた獣が舞い狂う狂乱のルツボと化した。
「のんびり猫ライフ」だと思っていたが、その台所事情は、私と同じく、のっぴきならない状態だったらしい。

 

しかし、それでも、全然近寄ってこない。
相変わらず一定の距離を保ったまま。
グルグルと走り回りながらこっちをにらみ、ほとんど怒りすら感じる勢いで、ニャーニャー!と鳴きわめいている。
彼らの声を日本語に訳すなら、「そのニボシを置いて、お前はトットと立ち去るニャー!」…ということなのだろう。

 

言う通り、ニボシをその場にテンコ盛りにし、スゴスゴと立ち去る私。
少し歩いて引き返し、物陰から、ストーカーチックにヒョイと覗いてみた。
おお~!食べとる、食べとる。
まるで、弐号機に襲いかかる量産型エヴァのように、3匹とも一心不乱にニボシにムサボリついておる。
私も何だかニヤリと満足。
その場を後にした。

 

翌日。またニボシを持って出勤。自転車置き場へ。
いつも通り逃げる3匹。
しかしそこで、遠巻きにこちらを見ながら、昨日と同じようにニャーニャー!と鳴きわめき始めた。
どうやら私のカバンの中に、素敵なサムシングが入っていることを、1度だけで学習してしまったらしい。

 

ごちそうを要求する3匹の前で、カバンからニボシの袋を取り出したその時
「ん?倉井さん、何しとるん?」
と男性の声。
振り向くと職場の「ちょいコワ上司」が立っていた。
「あの…猫がいるのでエサをですね…」
と、ヘドモドしていると
「倉井さん、餌付けをしちゃいけんよ。会社が困るけえ。」
と、上司。

 

確かに。
職場は、大量の食料品も扱っている。
餌付けをされた猫がウロウロするようになっては、困るのはもっともだ。
上司が正しい。
「そうですね…すみません」
と、ニボシをカバンにしまい、立ち去った。
チラリと振り返ると、腹ペコ3匹は「なぜ、今日はくれないニャ!?」と、驚愕と怒りと絶望の表情でこちらを見ていた。

 

家に帰っても、あの猫たちの顔が忘れられない。
思い出すと胸が痛む。
せつない。

 

私という人間は、名作「ニューシネマ・パラダイス」を観てもまったく泣けず、大粒の涙を流す周りの客とのギャップにオロオロと困惑。涙じゃなくて大汗を流す始末。
キャメロンの「タイタニック」を観れば「おばあちゃんのエロ昔話」に、なんとな~くニヤニヤ半笑い。
しかし、すっかりメジャー人気監督になってしまったサム・ライミの、原点回帰的傑作面白ホラー「スペル」を観て、「俺たちのサム・ライミが帰ってきた~!」と感涙。
そんなゆがんだ精神構造の私にも、このように小動物を愛でるまっとうな感情があったのかと自分でも驚いた。

 

そこで、翌日もニボシを持参。
コッソリとエサをやることにした。
会社には悪いが知らん。
猫がウロウロしても、幸運をもたらす招き猫だと思えば良いではないか。
商品の一つや二つ、供え物だと思ってくれてやればよろしい。
ガタガタせこいことヌカすな!
そんなことじゃ、でっかい男、でっかい会社になれないぞ!どうなんだ!
…と、ちょいコワ上司には絶対に言えないセリフを胸の奥に押し隠し、ニボシもカバンの奥に押し隠し出勤。

 

遠巻きに鳴きわめく3匹。
さりげなく辺りを見回し、ひと気が無いのを確認。
ササッとニボシをテンコ盛り&ナチュラルに立ち去る。
私がいなくなって、安心して寄ってきた猫たちの食事風景を、物陰からニンマリと確認。
毎日続けることによって、この一連の動作が、それこそ猫のように俊敏にできるようになってしまった。

 

しかし、3匹とも相変わらずなつかない。
ロメロのゾンビ映画みたいにニボシをむさぼる彼らに、1度、コッソリ背後から近づいてみた。
あと少しで、背中をなでられる…という所で気配を察知され、飛び逃げられた。
その上、憎しみの表情でにらみつけられた。
さらには、歯をむき出し「グルルルル…シャー!」と言われた。
日本語に訳すと「メシを邪魔するニャ!テメエぶっ殺されてえのかニャー!」…ということなのだろう。
ニボシは大好きでも、私のことは大嫌いらしい。
それでも構わない。
私が与えたニボシを、ガツガツと食べる猫たちの姿が、自分的にかなり萌え。
その姿を、死ぬほど気が滅入る出勤前に、一目見たいだけだ。
嫌われたまま、エサをやり続けた。

 

ある日、いつも通り、萌え猫たちに貢ぎ物を納めるべく、カバンに手をかけたその時…
「倉井さんっ」
と上のほうから声が。
ギクッとして見上げると、いつもは閉まっている2階の窓からのぞいているのは、例のちょいコワ上司。
しまった!油断した!
まさかの上からのサプライズアタック!
ちょいコワじょうしは、いきなりおそいかかってきた!
スエはおどろきとまどっている!
すると続いて
「倉井さん、猫にエサやりよるんじゃない?いけんよっ!」
と上司。
ムッとした。
まだ、カバンに手をかけただけ。
実際の現場を押えたワケじゃない。
それなのに、なぜそうやって、私がエサをやっていると決めつけるのか!(ホントは毎日やってたけど)
いくら、人前でクシャミもできないぐらい気の小さい私でも、さすがにムッとした。
グイと胸をはり、キッと上司を見据え、こう言い放ってやった。 ↓

 

疑惑の猫使い

 

……………。
ちょいコワ上司は無言で去っていった。
しかし、その顔は明らかに「おどれ、メチャメチャなつかれとるやんけ!」と突っ込んでいた。

 

数ヶ月間、エサをやり続けたことによって、今ではスッカリ私になついてしまった3匹の猫たち。
ちなみに名前はそれぞれ、サム、ライ、ミーにしました。

(おわり)