若かりし頃、一度だけキャバクラに行ったことがある。
もちろん自主的に行ったわけではない。
私みたいな対人恐怖症で、人見知りで、80年代アニメおたくで、陰キャの鏡のような男が、華やか姉ちゃんズに囲まれるキャバクラなどという場所に自主的に行くわけがない。
バイト先の社長に「お前はおとなしすぎる!たまにはつきあえ!いい所に連れてってやる!」と悪い予感しかしない誘いを受け、断る理由を考える暇もなく強制連行されたのである。
中野かどっかの店に入り、華やかなキャバ嬢のみなさんに囲まれ、他のバイトのみんなが楽しそうにワイワイしてる中、捕まった宮崎勤の顔でションボリ席に座っていたが、よく考えると、このままでは、せっかく良かれと思って連れてきてくれた社長に悪い。
私は、この社長が好きだった。
新宿で裏ビデオ屋を経営するも石原都知事の「歌舞伎町浄化作戦」で店じまいになったり、そのころ大ブームだった出会い系サイトを立ち上げ、一攫千金を狙うも借金のカタにすぐロックされ、サクラたちがログインできず野望が散ってしまったり、WOWOWやスカパーなど、すべての有料チャンネルが無料で観れるようになるとかいう怪しすぎるチューナーを死ぬほど仕入れるも全然売りさばけず、事務所に在庫の山を抱え金銭的にも物理的にも身動きできなくなってしまったり、バイトの給料を一か八かの競馬で当てて払ったり、裏社会とカタギの世界の境界線でブキッチョにフラフラ、たまにすっ転んでケガばっかしているこの社長がなんか好きだった。
奥様と小さなお子さん、そして多額の借金を抱え、きっと色々なことが重たかったはずだが、いつも軽く明るくふるまい、バイトに対して怒鳴ったりすることがまったくない人だった。
少しでも力になりたくて、販売プランのチューニングが必要な例の怪しいチューナーのチラシをチャリに積み上げ、千鳥足のラッパーぐらい警官の職質を受けまくりながら、街中の郵便受けに夜通し配り回り、在庫の山を少しでも減らす手伝いをしたりした。
その社長がせっかく私が喜ぶだろうと思ってキャバクラに連れてきてくれたのに、ションボリつまらなそうにしてたのでは申し訳ない。
ここは横に座ってくださったキャバ嬢の方とおもしろトークを展開し、楽しく盛り上がってるさまを見せねばならない。それが社長への仁義ってもんである。
しかし、デートでもなんでもそうだが、女性とのコミニュケーションというのは、ウケよう盛り上げようとして力を入れすぎるとロクなことがない。あくまで自然体でいつもどおり普通に話すのがコツである。
このへんがアニメばっか観てて、女性キャラのことを「俺の嫁」などど言い、虚構の世界への逃避がひどく、実践が足りぬそこらのオタクにはできぬこと。そのへん私は違う。
なので部屋で一人で酒飲みながら『めぞん一刻』の響子さんや『風の谷のナウシカ』のクシャナなどのエア彼女たちにむかってブツブツ喋ってる時(実践)と同じように、いつもどおり普通に、その頃ちょうどビデオで観直してた80年代ロボットアニメ『太陽の牙ダグラム』について、キャバ嬢さん相手に心しばる闇を切り裂くトーク!
しかし私が突き立てたこの牙は、どうしたことかキャバ嬢さんにはイマイチ刺さらなかったようだった。いつも真摯に興味深く耳を傾けてくれる私の嫁たちとはなんか反応がちがった。
若い方にもわかりやすいたとえで言うと、落ちぶれたデスタンに「寄生虫めが!」と言い放つラコックのような顔をしていた。
宴が終わり「大丈夫か?余計に疲れたんじゃないか?」と普通に心配してくださった社長にあいさつをし、部屋に帰り、ルルルルと泣きながら死ぬほど飲み直した。
そんなこんなでもう二度とキャバクラには行かん!
(おわり)