欠陥

夏は行ってしまったが怖い話をひとつ。

 

前にも書かせて頂いたが私が上京して最初に住んだアパートは、もはや貧乏コントの中でしか見れないような、昭和初期感あふれる古ボロい物件だった。

 

外にある共同トイレに、消火用ホースを体に巻きつけてビルの屋上から決死のダイブをするブルース・ウィルスの顔で駆け込んだら、誰か先客がいてあっさりウンチもらしたり、アパートの前を通る人の10人中15人ぐらいは指さして笑うので恥ずかしくて入れず、自分もセレブ大学生の顔で通り過ぎてやっぱりウンチもらしたり困ることしかなかったが、中でも大いに悩まされたのは、湿気や水回りのグチョグチョさであった。

 

冬は凄まじい結露でガラス窓がグッショリ。
したたるしずくが窓ワクからあふれ、畳に流れ落ち、腐らせていく。
いくらふいてもダメなので、バスマット的な物を敷いて全力で見ないようにしていた。

 

ある日、思い切ってそれをはがすと、青緑のカビがボボ~ンと大繁殖しており「風の谷のナウシカ」みたいになっていた。そこを室内なのになぜかダンゴ虫がノロノロとはっていき、ナウシカ度がよりアップしていた。

 

また、台所で蛇口をひねると、どこからか水が漏れるらしく、なぜか床が嫌な足浴みたいにビチョビチョになった。
湿気でVHSのビデオテープはことごとくカビて、塩ふき昆布みたいになっていた。
そのうち、歩くと畳がグニャリとメリ込むようになり、天井板が水をためたハンモックみたいに嫌なカーブを描いて少しづつ垂れ下がってきた。
まるで部屋全体が水で腐っていくような感じだった。

 

入居者もどんどん減り、8つ部屋があるのに私を含めて2人しか住んでいないという完全いわくつき物件状態に。
「こんな人魚の呪いがかかったようなビチョビチョ欠陥住宅、ワシも早く引っ越したい!」
と切実に願ったが転居資金がなかなか貯まらず、田舎のおばあちゃんの家でしか見たことないようなザラザラ土壁に全然似合わないアンディ・ウォーホルがデザインしたヴェルベット・アンダーグラウンドのポスターを貼り、ムリヤリおしゃれムードかもし出し、心ごまかし、水牢に住み続けた。

 

しかしある朝のこと。
起きると、部屋の隅に謎の水たまりが発生していた。
雨漏りなのか?湿気が何らかの作用で一点に凝縮してできたのか?原因は不明だった。
そしてこの日以来、起きると部屋の色んな場所に色んな大きさの水たまりが発生するようになってしまった。

 

困惑の日々。そしてこの怪異がついに本棚に出現。
大切な「チョウ・ユンファ写真集」などをビショビショにされ、転居を決意。貯蓄は充分ではなかったが無理して何とか水責め地獄から脱出した。

 

転居先は6畳の1ルーム。土壁ではなく白い壁紙。床も畳ではなくフローリング。
普通の人には普通の部屋だろうが、地獄の住人にとっては天国であった。
引っ越し祝いを兼ねて友人と新居でしこたま飲んだ。

 

次の朝。
目覚めると、友人はすでに帰ったらしくいない。
二日酔いで重い体を起こした私の意識の混濁を、視界に映ったモノが戦慄で吹き飛ばした。
それは、台所とテレビの前の2ヶ所にできた水たまりだった。

 

私は普段、クレームというものをほとんどしない。
しかしこの時は、地獄の欠陥住宅から、なけなしの貯金でやっとの思いで転居したばかり…なのにまた同じような水回りの欠陥が!…ということもあり、めずらしくプンプンして管理会社に電話。
すぐにやってきた2人の男性社員に
「せっかく引っ越したばかりなのに…こういう欠陥が出てくるのは…やっぱり…ちょっと困りますッ…」
と荒ぶる鼻息を必死でフーフーおさえつつ何とかマイルドに結局クレーム。
お2人は神妙な面持ちで部屋のあちこちをチェック&試験管的な物に水を採取。
「申し訳ありません。原因を調べてみます」
と言ってお帰りになった。

 

それからほどなく、あの晩一緒に飲んだ友人から電話。
曰く
「そういえば夜中、スエが急にムクッと起きて、トイレかな?と思ったら、いきなりズボンをさげて、テレビの前でションベンしようとしたんだよ。あわててトイレに連れてったけどオメー大丈夫かよ!」
とのこと。
そこでハッと思い当たった。
謎の水たまりが発生した前の晩は例外なく、前後不覚になるまで酒を飲みまくっていたことに。
つまりあれは泥酔した私が ↓

きちがいシッコ人間

…と部屋のあちこちに自分でばらまいたオシッコだったのである。
欠陥があるのは住宅ではなかった!欠陥があるのは私自身であった!
こ…怖い!

 

申し訳ないのは「きちがいシッコ人間」に呼び出され、「欠陥がどーのこーの」と完全に欠陥しかない人間に言われ、臨床検査医でもないのにオシッコの採取までする破目になった管理会社の社員の方である。
本当に申し訳ないことをしてしまった。
ここで謝ってすむことではないが本当にすみませんでした。
その後、管理会社から何度か電話があったが、怖くて出れなかった。
(おわり)