検便あるある

 

ひと昔前、某食品工場で働いていた時のこと。
経験のある方もおられると思うが、食品関係の職場というのはたいてい月イチぐらいで「検便」が行われる。

 

ある提出期限の日のこと。
朝、せっかくウンチをしたのに、体が軽やかになるようなモリモリ快便だったのに、採取せず流してしまうという「検便あるある」をやらかしてしまった。
しかし「まあ…昼休憩に出せば大丈夫じゃろう…」と検便セットをカバンの中にしまい出勤。

 

工場内のはずれにある地獄の底のように熱い閉ざされた部屋で、石川五右衛門が処刑されたぐらいの大きさの釜に魚介類の死肉をアホほどぶちこみ、グツグツ煮込み、ろ過を繰り返し、用途不明な謎のエキスをチョッピリ抽出するという、「あそこに入れられるぐらいなら辞める」と工場内の虚弱オカマ野郎どもには大評判の超3Kな部署で、いつもどおり滝のごとく汗を流して勤務。

 

昼休憩に食事を済ませた後、せっかくウンチをしたのに「早う辞めたいのう…」とボーっと涙していて、また「検便あるある」をやらかしてしまった。
「まあ…ちょっとぐらい遅れてもきっと大丈夫じゃろう…」
と、深く気にせず午後の仕事に戻ると「リアル女神」と、万年恋愛ゾンビみたいな男どもの間で評判の美人女性社員Aさんが、遠い事務所からなぜかわざわざ地獄に降臨。
私のほうに歩み寄り、周りを気にしつつ、モジモジと何か言いたげ。
これは…まさか…恋の告白!
私も作業の手を止め、女神のほうに向きなおると
「倉井さん…あの…便を…出しましたかっ?」
と、恋の告白ではなく便の督促であった。

 

なんでも検便を提出していないのは、でっかい全社内でたった私だけ。
一人でも未提出者がいれば、食品工場の運営上、非常にまずい。
そして回収業者的な人がまさに今!イライラしながら待っているとのこと!
ガーン!
「ちょっとぐらい遅れてもきっと大丈夫」とか、生理が来ないヤリマンみたいに軽く考えてる場合じゃなかった。
事態は風ウン急を告げている!
それに何より、美しいAさんに、本来はたぶん一生、口にしなくてよかったはずの「便を出しましたかっ?」という、ドSのスカトロAV男優みたいなセリフを言わせてしまった。

 

Aさんに平謝りしつつ
「ちゃんと持ってきてはいて、ロッカーの荷物の中に置いてあるので、すぐ事務所に持って行きます!」
と、本当は今から出すのだが、それはなんか恥ずいので、朝ちゃんと出したけど単に出すのを忘れてるだけの人の雰囲気を出し、トイレへ出しにダッシュ。

 

しかし、朝に続いて昼休憩も、体が軽やかになるほどスッカリスッキリした後なのでまったく出ない。
いくらフンばっても、もはやオナラも出ない。
これ以上のフン闘を続ければもう腸が飛び出てくるのは必至。
しかし、事務所ではAさんが、恋人の戦場からの無事な帰還を祈る花嫁の顔で待っている。
それに長引けば、本当は全然家から持ってきてなくて、今「ウンチ中なう」なのがAさんにバレてしまう。それは工場が運営停止になるより駄目なことだ。

 

こうなればもう最後の手段。
検体にチョンチョンとつけるあの棒で、ダイレクトに本丸をブスッと突貫!
「はうっ…!」
昭和エロ劇画でしか聞いたことのない吐息が自分の口からもれる。
処女を失った恥じらいの顔で、抜き取ったエクスカリバーを凝視。
腸内の宿便的なものが付着してくれることに一縷の望みをかけての命がけの特攻だったが何もついていない気がする。
しかし「検便というのは、あの棒の先に、実はホントにほんのちょっとつけるだけでよい。なのに時々、容器にミッチリつめてくる人がいて困る」というような別に聞かなくて良いミニ情報をどこかで聞いたことがある。
何も見えないようでも、検査に必要な細菌級に小さなモノはきっと付着しているはず。
それにこれ以上長引けば、事務所で待つAさんに「ウンチ中なう」なのがバレてしまう。それは、この工場で時々カピバラぐらいの大きさのネズミが走るのを見かけたり、たまに製造に使う容器がどちゃくそカビまみれで『風の谷のナウシカ』みたいになってることがあるのが厚生労働省にバレるよりダメなことだ。

 

これ以上の戦いはやめ、きっとバイオの属性をセットしたであろう妖刀を容器に納め事務所へ走る。祈るように私を待つAさんの元へメロスのように走る。
そして、ついに…
傷つき、幾たびの苦難を越え、絶望的な戦いの果てにつかんだかけがえのない黄金が戦士の手から姫の手へ。
安堵の表情を浮かべたAさんのその美しい頬を、宝石のような歓喜の涙が濡らすはずもなく無言で私の手からむしり取った。当たり前だ。みんなの見てる前でオッサンにホカホカのウンチを手渡されて喜ぶマニアックなOLがどこにおるか。AVでもめったにないわ。
Aさんは街でウワサの変態露出狂を見るような顔をしていた。
私の戦いの結晶を、虫の死骸を包んだ紙を捨てる時の手つきで、落っことすギリギリのラインを親指と人差し指でつまんで持って行った。
その手がはからずもOKサインを描いていた。
(おわり)