小学校5年の時、「ひきこもり」になったことがある。
期間は2週間程度なので、正確には「ひきこもり」とは言わないかもしれないが。
その時、私は放送委員だった。
各クラスの放送委員は、順番で「下校放送」をしなくてはならない。
当番の時は、授業がすべて終わっても、学校に居残り。
午後4時になったら、放送室から、ドヴォルザークの名曲「新世界より」をON AIR。
♪とーおきー やーまにー ひーはおーちてー♪のアレである。
せつなさのあふれるメロディーに合わせて
「この音楽は、下校時刻の音楽です。みなさん、今日1日、よく学び、よく遊ぶことができましたか?明日も元気に登校しましょう」
という決まった文章をアナウンスするのである。
その日は私の当番であった。
一緒に残ってくれた友だちのY君と、放送室で待機。
放送ブースと防音ガラスで仕切られた前室で、パロスペシャルをかけあって微笑ましく遊んでいた。
コーホーしているうちに、時計の針は、下校時刻の4時ちょい前に。
Y君に
「じゃあワシ、放送してくるけえ、ここで待っとってね」
と告げ、防音ガラスのむこうの放送ブースへ。
椅子に座り、マイクなどの放送機器をチェック&微調整。
オールクリア。スタンバイOK。
4時になったのを確認。再生ボタンをオン。
流れ出した「新世界より」にのせ、「この音楽は…」といつものアナウンスを始めた時である。
ふと何かの気配を感じ、チラリと目線を上げると ↓
…と、防音ガラスの向こうで、おとなしく待ってるはずだったY君が、全力で顔面をガラスに押し付けていた。
アナウンス中の私は
「この音楽は…ワハハハハハハハハ!」と大爆笑!
ヤバい!とは思ったのだが、もう止まらない。
歯を食いしばり、何とか放送を続けようと思ったが、
「下校時刻の……音楽…で…ブハハハハ!ハヒィ~!ブハハハハハー!ワハハハハハハハー!!」
と、「新世界より」のせつないメロディーに合わせて、全開フルスロットルの大爆笑を全校内にON AIR!(後日わかったことだが、周辺一帯の団地にまで聞こえたらしい)
すると、ノリノリでガラスに顔面を押しつけていたY君の表情が一変。
ことの重大さを感じたのか、サーッと青くなり、ガラスから顔を離し、笑い転げる私を残して放送室から逃げ出した。
それと入れ代わりに、血相変えた3人の教師たちが来襲!
「グフフ!…明日…も…ブフフ!…元…気で登校しましょう!ウワハハハハー!」
と、何とか下校放送を終え(ほとんど笑ってただけだけど)ヨロヨロと放送ブースから出てきた私。
待ち構えていた怒りのティーチャーズにガッチリと捕まれ、職員室に強制連行。
担任はもちろん、校長と教頭までお出まし。
10人近い教師軍団に取り囲まれ、罵詈雑言の銃弾で蜂の巣に。
「おどれ、ようもやってくれたのう!」
「なに考えとるんならァ、わりゃあ!」
「この落とし前、どうつけるんならァ!」
と、本来、「清き学び舎」で絶対に聞くことのないはずの、「仁義なき戦い」のような言葉が、立派な先生がたの口から次々と飛び出していた。
学校でここまで怒られたことはない。
インテリ極道たちのあまりの剣幕に、私は恐怖とショックで放心状態。
「自分は何か、人間として絶対にしてはいけないことを、しでかしてしまったらしい 」と思い込んだ。
それで、翌日から、学校に行けなくなったのである。
ひきこもり中は、「油粘土で俺ジナル宇宙戦艦を作っては、ツマようじでズタズタに切り裂き、最後に粘土板にたたきつける」という、精神科医に立派な病名をつけられそうな、謎の工作&破壊行為を繰り返すことに。
「明日も元気で登校しましょう」と放送した本人が、心の病気で不登校。
私がなかなか学校に来ないので、さすがにある日、センコー…もとい、担任が家に来た。
このまま、ずっと一生、家にひきこもっているわけにもいかないでしょう?勇気を出して…思い切って…閉ざされたドアを開け放って…翼を広げて…うんぬんかんぬん…と意味がまったくわからないアドバイスをくださったセンコー。
親とも何かしらの話し合いが行われ、なんだかんだで、また登校することになった。
ことの発端を起こしたY君は、私に対して非常に罪悪感を感じており「スエちゃんごめん」と謝罪の言葉&いいニオイのする消しゴムをプレゼント。
すぐに和解。
問題なくパロスペシャルをかけ合う仲に戻れた。
しかし、教師たちへの、恐怖心や不信感が、消えることはなかった。
「下校放送で大爆笑!」は確かに良くはない。
良くはないが、生徒を不登校にしてしまうほど、怒ることだったろうか?
たまには、そんなドヴォルザークも楽しいと思うのだが。
まあ、先生方にも、学校の体裁とか、色々とあるのかもしれない。
それにしても2週間ぶりに学校に行くというのは、本当に嫌な気分であった。
変な注目されるし。
ひきこもり中、油粘土で俺ジナル宇宙戦艦を作りながら、「ああ、ずっとこのまま部屋にいて、何かを作っていたい」と思った。
その思いは今も変わらない。
生活のためイヤイヤ外で働いているが、できれば、在宅の仕事がいい。
創作活動をコツコツ続けていれば、夢につながる可能性も、わずかながらあるかもしれない。
一生、ひきこもれるように、がんばろう!
(おわり)