(その➂はこちら)
朝の9時。
病院に到着。受付をすませる。
看護婦さんに案内にして頂き、宿泊する病室へ。
こじんまりとした清潔感のある部屋。
日当たりも良い。
ベッドは2つ。カーテンで仕切られており、若い男性が1人いらっしゃる。
この方は今から退院するもよう。
おそらく私と同じ病に苦しんできたに違いない。
手術がうまくいったのだろうか?にこやかな表情をなさっておられる。
去り行く同志へ軽く会釈して自分のベッドへ。荷物を置き、軽く身の回りの整理。
看護婦さんが持ってきてくださった手術着と、紙パンツに着替える。
紙パンツは、後ろに切れ込みがあり、大きな穴が開くようになっている。
着用したまま、この穴から手術をするようだ。フリチン手術じゃなくてよかった…
10時。
先生が病室に。
本日の大まかな流れの説明。そして手術の開始を告げられる。
ついに、この時が来た。
先生と3人の看護婦さんたちに連れられて、ドラクエみたいに列になって手術室へ。
考えてみれば「手術室」というものを実際に見るのは初めて。
腐ってもマンガを描く身。
「取材だと思って、すべてを目に焼き付けてやるッ!」と決意を固める。
ドアが開くと、ゆるやかなクラシック音楽が流れて出してくる。
患者の気持ちを安らげるために流しているのだろう。
しかし室内には、予想以上に大きく、冷たく頑丈な、全然安らげそうにない立派な手術台が。
そして、その周りの台の上には、あなどりがたい注射器や、名状しがたい謎の器具がズラリ。ギラギラと強烈な光を放っている。
決意崩壊。完全にビビッて2秒で目をそらした。
クラシック音楽がかかっていることが余計に小心者の疑心をあおる。
メンタルケアが必要になるほどの凄まじい地獄が待ち受けているのではないか?
手術台に上がり、横になるように言われる。
恐れが顔に出ているのだろう。看護婦さんに「緊張してますか?大丈夫ですからね」と励ましの言葉を頂く。
そこにはもはや、マンガにすべてを捧げ「あらゆる人生経験のすべてがマンガの取材!見た物すべてを目に焼き付けるべし!」と高尚な誓いを立てて生きてきたつもりの男の姿はない。
神父に最後の言葉をかけられ、ガクガクしながら13階段を上がる、死刑囚のような怯えきったオッサンがいるだけだった。
何とか指示通り手術台に上がり、下半身麻酔の注射のため、横になり、背中を丸める。
いよいよ、父に覚悟を注入された「ぶち痛い麻酔注射」をするわけだ。
恐怖に身を固くし、眉間にシワをよせて、背中への痛恨の一撃を待つ。
…あれ?
…痛くない…
まったく痛くない…!
注射針が刺されたことにも気づかないぐらい。
痛みはまったくない!
良かった…と心底ホッとするも今度は新たな疑念が。
「これで本当に感覚が麻痺するのだろうか?万が一、何かの手違いで麻酔が効かないまま、ホラー映画みたいに手術が始められてしまったらどうしよう?」と不安に。
万が一の時は、手術機器も砕けよとばかりに「ギャー!痛い!麻酔!効いてませんっ!」と叫ぶことにした。
しかし、そんな、おびえたオッサンの決意をよそに、手術はサクサク進められていく。
うつ伏せになるように言われ、例の紙パンツの後ろの穴からお尻全開に。
患部に注射を打つため、肉を押し広げてテープで止めている様子。
看護婦さんにも、すべてが丸見え状態だが、もう恥ずかしがってる心の余裕は皆無。
「触られてる感覚はありますが、痛みは無いですからね~」と先生。
いよいよ、患部を硬化、縮小させる注射を打つようだ。
身を固くし、祈るようにその時を待つ。
痛みは…………まったくない!
先生のおっしゃった通り、お尻を触られている感覚はあるのだが、注射針の傷みはない。
麻酔はバッチリ効いていたようだ。
いい年こいて「ギャー」と叫ぶ必要がなくてよかった!現代医学万歳!ブラックジャックに夜路死苦!
「2時…3本……5時…2本……」と、おそらく方向と分量らしきものを声にしながら、注射をしていく先生。
クラシックに合わせて、作業は淡々と進んでいく。
曲名はわからないが、ゆるやかなクラシックで良かった。
「剣の舞」とかに合わせてノリノリで手術されたらたまったもんじゃない。
「運命」とかも却下。何か重大な「運命」が訪れそうなので。雰囲気的に。
20分ぐらいだったろうか?問題なく手術の終了が告げられる。
すると紙パンツを脱がされ、何やら代わりの下着らしき物をはかされる。
やはり多少の出血があったのだろうか?
下半身が麻痺しているため、看護婦さんに支えられ、車椅子に座らせてもらう。
その時、手術着がめくれ、私は見た。先ほど自分にはかされた物を。 ↓
オムツだった…
いつかはお世話になるであろう万人のマストアイテム、O・M・U・T・S・U!
しかし、その時がこんなに早く来るとは。
何でも、やはり出血する場合があるため、術後は着用が必要らしい。
手術が無事に終わった安堵感と、微妙な敗北感を胸に、車椅子に乗せられて手術室を後にしたのでちた。
(またまたまた続く…)