父がションボリしていた。
どうしたのか聞いてみると「サマージャンボ宝くじがハズれた」とのこと。
「そんなもんで楽に3億円も手にしてしまったら人間がダメになる。
ハズれたほうがいい。ワシなんて生まれて1度も宝くじを買ったことすらない。だから、そんな失望もない。
運なんかに頼らず、人生は自分の手で切り開かにゃあダメよ!」
と、家族のために人生を嫌というほど切り開いてきたお年寄りに説教。
その日の夕方のこと。
散歩していると、ふいにせつなくなった。
終わってしまう!夏が!
夏の終わりの夕暮れ時。せつなくなるのはなぜだろう?
イヤだ!
休みなんてまったくなかったが、雰囲気だけでも、ずっと「夏休み気分」でいたいのだ。
3億円あれば、職場を辞めても、とりあえずさしつかえなかろう。
そうすれば、毎日が夏休みだ!毎日が土曜の午後だ!毎日が日曜日だ!
父よ、オータムジャンボは私に任せてくれ!
そんなこんなで、夏も終わってしまう。
しかし、満員電車から怒涛の如く降りる客の中、必死でドア付近の取っ手にしがみついているオッサンのように、私も全力で時の流れに逆らって生きたいと思う。
納涼企画としては、遅くなってしまったが、今回は、個人的にオススメの「こわいマンガ」を紹介させて頂きます。
天人唐草 (下記短編集に収録)
山岸涼子さんは「親の犠牲になってしまう子供の物語」を描かれることが多いと思う。
この短編の主人公もそうだ。
厳格な父親に育てられ「何でも完璧にきちんとできなければならない」という価値観を刷り込まれてしまった女性。
「自分は人並みにうまくやれない」というコンプレックスを抱えることになり、社会に適合できない。
そして最後に、凄まじい悲劇が彼女を襲う。
私は、この女性が抱えている問題が他人事とは思えず、身につまされ恐ろしかった。
そして、とても可哀想だった。
巻末の中島らもさんの解説にも涙。
私が何をしたっていうの? (下記短編集に収録)
ある集合住宅に転居してきた「イケてる女性」が他の住民たちから、わけのわからない執拗な干渉を受ける。そしてそれはエスカレートしていき…という話。
住民たちの行動が異様で怖い。
特にベランダから…のシーンはゾッとした。
ブラックな着地も見事。
ところで私は、内田春菊さんの作品を読むといつも「見透かされている!」という感覚に襲われる。
キレイごとを並べてカッコつけても「いや、あんたの本心はこうでしょ」と鋭利な真実をグサリと突き立てられるような気がする。
この注射は非常に効く。自己を客観的に見る能力にトボしい「困ったちゃんな私」には非常に大切な痛い薬だ。
この短編に出てくる住民たちの「ねたましい。ひきずりおろしてやりたい」という心理は、自分の中にもあると思う。
怪談 (下記短編集に収録)
作品の芯になるテーマがあり、巧みな伏線やどんでん返しなどの面白く読ませる技術、工夫が凝らされており、着地が鮮やか…
そんな作品を読むと「おお!素晴らしい職人芸だなあ~!」と大満足する。
今さら私が言うまでもないことだが、近藤ようこさんは、マンガ界屈指の短編の名手で、すばらしい職人芸の持ち主。
3話の連作になっているこの「怪談」も、近藤ようこさんの見事な手腕が堪能できる傑作。
特に3話目の「看護婦さんが…」の話は、女性、特に妊婦の方には、非常に恐ろしいのではないだろうか?
「自分が女だったら、このシチュエーションは絶対イヤだ!」と思った。
愛の嵐 (下記短編集に収録)
我々が見る「悪夢」を、ここまで忠実にマンガ化できるのは凄い。
普通、「夢」を作品にしようとすると、脈絡のない箇所などを改変して、ストーリーを仕立て上げてしまいがちだ。
蛭子能収さんのマンガにはそれがない。
ワケがわからないまんま。悪夢のまんま。
それができるのが凄い。
この面白さ、怖さは、リンチの「イレイザーヘッド」やブニュエルの「アンダルシアの犬」にも通じるところがあると思う。
コロリころげた木の根っ子 (下記短編集に収録)
藤子・F・不二雄先生の数多い「素晴らしすぎる傑作短編」の中で、もっとも恐ろしい作品の1つ。
ある編集者が、人気作家の自宅へ、原稿を取りにいく。
作家は、夫人を力で抑えつけている。
ことあるごとに、暴言を浴びせ、暴力を振るう。
しかし、夫人はいっさい抵抗しない。
困惑する編集者。彼が最後に見たものは…という話。
マンガっぽい親しみのある絵柄で、残酷な話が展開されると、ギョッとする。
劇画タッチでそれをやられるより、ずっとインパクトがあり、怖い。
藤子不・F・二雄先生の絵柄には、その効果があると思う。
周到にはられた伏線が見事に回収され、すべての真相が明らかになるラスト1ページの絵。
怖すぎる。
F先生必殺の「カケアミ処理」がベッタリと心にも貼りつき、3時間ぐらいドンヨリした気分になること間違い無しの素晴らしさ。
「ドラえもん」しか読んだことのない良い子のみんなにも激しくオススメ。
Sink
体の一部が異常に肥大した人間、奇妙なオブジェ、日常の1シーンがデジャヴのよう繰り返される現象…
いったい、これらは何なのか?
不可解な要素がカモし出す尋常ではない不吉さ。
怖い。
人はわからない物に恐怖を感じる。
だから謎は投げっぱなしのほうが怖い。
しかしこの作品ではあえて、2巻ですべて説明。
いさぎよさに脱帽&スッキリ!吹き荒れる殺戮の嵐も凄かった。
発売当時、私はこのマンガに熱狂。バイト先の人たちに貸しまくった。
読んだ人みんな、1巻の表紙みたいな青い顔になっており、貸した私は大満足でした♥
二十年女 (下記短編集に収録)
魔と契約でも交わされたかのように次々とスゴ怖い短編作品を生み、ホラーマンガファンをブルブル喜ばせ続けてくれている高港基資(たかみなと もとすけ)先生。
時が巡り、星の位置が変わり、いつかホラーブームが再来した時、高港先生の素晴らしき血まみれ作品群は、きっとドバドバ映像化されるだろう。
今のところ個人的に「ベスト・オブ・高港ホラー」だと思っているのがこの「二十年女」である。
遠い場所で暮らす大学生の息子から実家に手紙が届く。そこには彼が子供の頃、家によくいた「ある女性」に関する奇妙な記憶がつづられていた。そして彼は母親に「あの女の人はいったい誰だったんですか?」と聞くが…
この女に関する記憶の断片の描写が、不可解で投げっぱなしでとにかく怖い。「この世ならざる何か」を垣間見るような底知れぬ不吉さを感じさせる。
「アレって何だったんだろう?」という、ちょっと不可解な子供の頃の記憶が、誰にでも少しはないだろうか?
そしてそれに踏み込んでしまった時、もしかするとオノガミハ(己が身は)…
座敷女
1人暮らしの大学生が、謎の大女につきまとわれる話。
私が紹介するまでもなく、ホラーマンガ史上、永遠不滅の金字塔。
「この世で1番こわいマンガはど~れだ?」的な投票をしたら、間違いなくぶっちぎりで1位になると思う。
ハッキリ言ってこの作品より怖いマンガを描くのは、もうかなり難しいのではないだろうか?
とにかく怖い。
特に1人暮らしの男性は注意が必要。
かく言う私もこのマンガを読んだ時、東京で1人暮らしをしていた。
しかも住んでいたアパートが凄まじくボロくて古い。
当時でも珍しかったが、トイレは共同で、部屋の外の離れにあったのである。
そんな状況でこの「座敷女」を真夜中の2時ごろ読んでしまった。
そして、尿意をモヨオしてしまったから、さあ大変。
ドアの向こうにデッカイ女の人が立っていたらどうしましょう?
離れにあるトイレに行けなくなってしまった。
前かがみになり、腰を引き、身をよじって猛烈な尿意を押さえこむ私。
どうする?イヤ、どうもこうもない!行くしかない!
でも、どうやって?
何か明るいアニソン…「デリケートに好きして」でも歌いながら一気にトイレまで走るか?
イヤ!「クリィーミーマミ」は、さすがにマズイ!なんか男として!じゃあ、どうする!?
玄関のドアの前で身もだえしている間も、尿意はのっぴきならない状態に。
すでに膀胱はパンパン。破裂寸前。臨界点を超えつつある。
どうする!?…ってだから、どうもこうもない!
行け!私!トイレに!
走れ!メロスのように!
それにしても、子供の頃は、大人になったらオバケのたぐいなど、怖くなくなるに違いないと思っていた。
しかし、いくつになっても怖いものは、やはり怖いのだなあ……と、台所の流しでナイアガラの滝のような怒涛の放尿をしながら、人生の真理にまたひとつ気づいたのであった。
男一匹、倉井スエ。27歳の晩冬のことであった…
……というわけで、「こわいマンガ」を紹介しようとしたら、最後は何だか、「チビッ子のうんこしっこ話」みたいになってしまった。
申し訳ない。
世の中には下ネタがまったくダメという方もいらっしゃる。
偶然、このブログを目にして、不愉快な思いをなさったかもしれない。
分別ある大人の男として、衷心からお詫びを申し上げねばならない。 ↓
特に、女性の方がいらしたら、大変申し訳ないと思う。
申し訳ないとは思うが、もう泣いて謝ったし、苦情はいっさい受け付けない。
怖いので!
(おわり)